園長からのメッセージ

3月のおたより (18.03.08)

3月を迎え、今年度最後のひと月が始まりました。この一年、教会幼稚園の保育にご理解とご協力をいただき、子ども達の育ちを一緒に喜びながら過ごせましたことを、心から感謝いたします。ありがとうございました。先日の父母の会の総会・年長のお母さんを送る会を通して、皆さんがここで過ごした時間を大切に思ってくださっていいることを感じ、嬉しい気持ちになりました。形は変わっても繋がりの中で助け合い、励まし合い、支え合って父母の会の歩みが続いています。父母の会の皆さんと両輪となって、子ども達の育ちを支えていきたいと思います。今年度はあと少しの時間ですが、卒園の日まで、終園の日まで、どうぞ、よろしくお願い致します。

 私たちの幼稚園の保育で大切にしていることは「待つ」ということです。子ども達と話をしていると、考える力の育ちを感じます。心が動いていることを感じます。ですが、時にはもどかしくなり、大人が言葉を先取りしてしまうと、子どもの思いや言葉は大人の思いに引かれてしまいます。あと少し「待つ」ことで、子どもは思いや考えていることを、その子の言葉で話し始めます。そのような瞬間に何度も出会い、「待ってよかった」と感じることが保育の楽しさでもあります。

「待つ」ことは、簡単なことのようで難しいことです。子どもの育ちを信じて、子どもの心に寄り添う時、大人は子どもを「待つ」ことができるのでしょう。子どもの心は促成栽培では育ちません。一人ひとりの時間に合わせて、必要な時に必要な愛情を注ぐことが大切です。いくら急いでも根っこは急には伸びません。かえって弱くなったり、根腐れを起こしてしまうこともあります。目で見ることのできない育ちの根っこだからこそ、信じて「待つ」ことが大切になるのでしょう。今の時代はすぐに答えが見つかります。すぐに情報を手に入れることができます。見えないことや聞こえないこと、分からないことが不安な大人が多くいます。ところが、子育てはそうはいかないですね。なぜならば、子どもは一人ひとり唯一の存在で、親の所有物ではなく、一人の人だからです。子どもの思いが分からない、子どもの姿が分からない、子どもの言葉が分からないときこそ、「待つ」ことが必要です。子どもも大人も一人ひとり大切にされる存在だからです。

 新しい生活が始まります。信じて、新しい世界に送り出しましょう。待ってくれている人がいるだけで、子ども達は勇気を持って歩き始めます。「待つ」ことは親になる練習といった人がいます。私たちもまだまだ親としての根っこを育てることができるのですね。(園長)