園長からのメッセージ

6月のおたより (17.06.09)

6月を迎えました。青い空とさわやかな風が心地よい日が続いていましたが、ようやく池田の街も梅雨入りのようです。恵みの雨を受けて、木々の緑も鮮やかさを増すことでしょう。園庭では年中児の蒔いたコットンの双葉が大きくなりました。赤シソの苗も葉数を増やしながら育っています。年長児や年少児も何かを育てる準備を始めるようです。土を耕す、種をまく、苗を植える、水を注ぐ、心を寄せる、植物が育つためには多くのことを気にかけないといけません。放っておいてはいけないのです。ところが、早く早く、大きく大きくと水や肥料をあげ過ぎてしまうと、根腐れを起こして弱ってしまい、枯れてしまうことになります。加減が大事ということなのでしょう。子育てと同じような難しさを感じます。

今年度の保育が始まって2か月が過ぎました。新しい環境にも慣れてそれぞれのクラスで遊びが広がり、子ども同士の新しいつながりもでき始めています。クラスだよりや学年だよりを読むとそれぞれの担任からのメッセージを通して子どもたちを見守るまなざしや心遣いが感じられることでしょう。保育参加も始まって、お母さん先生やお父さん先生が楽しく過ごしてくださる様子に、教会幼稚園の保育に共感し、子どもと過ごすことを喜んでくださっていることが感じられてうれしく思います。いろいろな子どもたちがいます。どの子も個性が育ち、良いところも、課題もあります。たくさんの子どもたちと一緒に過ごすことで感じていただきたいことです。つまり、子どもが育つということはそういうことなのです。子どもたちは集団の中で違いを受け入れ合います。そのために喧嘩をしたり、仲直りしたりを繰り返します。子どもは気持ちが一過性ですから、気持ちを変えられるとまた一緒に遊び始めます。子どもの素晴らしい特性です。

 子どもも大人も、人は誰でもその子(人)らしさをもらって生まれています。毎日の生活の中ではよく見えること、今見えていることに目を奪われて、そのことばかりに心も引き寄せられてしまうことが多いようですが、その向こうには知らないことや気づいていないことが多くあるのではないでしょうか。大人の思いや都合が優先されることなく子どもとの生活を大切に過ごしたいと願います。

 子どもの育ちの力を信じましょう。

 

「ですから、大切なのは、植えるものでも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」(コリントの信徒への手紙Ⅰ 3章7節)